コラム
2024.11.14
駿河湾の海底泥がインクに!? 吉勝制作所での冊子づくり体験記
海に導かれたひとつの出会いから生まれた「駿河湾の海底泥のインク」。今回はそのふしぎなインクを使った冊子づくりのようすを紹介します。いったいどんな人たちが泥を採集してインクに? そもそも何の冊子? そんな謎だらけが、きっとおどろきだらけに変わるはず。楽しんで読んでみてくださいね!
私たちの暮らしと海の恵み
私たちの暮らしは「海の恵み」によって支えられています。海底にある鉱物や油田や天然ガス、魚や貝や海藻などの水産物、それに波や海流から得られるエネルギーも。それらは「資源」と呼ばれ、みんなの毎日のすみずみで利用されているのです。
JAMSTECの海の研究と、クリエイターとの出会い
そんな資源をはじめとした海のふしぎについて研究をしている日本の「JAMSTEC(ジャムステック)」という研究所が、2021年の夏、音楽家やデザイナーなどのクリエイターに深海調査研究船に乗ってもらい、感じた海を自由に表現してもらおうというプロジェクト「KR21-11」を行いました。科学的な研究開発だけではない、いろいろな表現の「海」をみんなに届けようとしてくれたのです。
そのプロジェクトへの参加メンバーだったのが、吉勝制作所の吉田勝信さんと稲葉鮎子さん。山形県大江町に工場を構え、デザインや印刷にまつわる活動の一環として「色を採集する」という技術研究をしている2人は、なんと「駿河湾の海底泥からインクをつくる」というすごい挑戦を携えて乗船し、数年の月日を経て見事に完成。
今回は、その海底泥のインクでプロジェクトのレポート冊子を作るということで、オポポチームはデザイナーの伊藤裕さんと一緒に吉勝制作所を訪れ、冊子づくりをの一部をお手伝いさせてもらうことに。
吉勝制作所と駿河湾の海底泥インクづくり
山形駅から車で約40分。のどかな自然に囲まれた民家の小屋を改装した工房に到着すると、インクづくりの道具や印刷の機械、冊子に使われるたくさんの紙が迎えてくれました。
でも、いったい「インク」ってなんでしょう? 新聞や雑誌、お菓子の袋など、印刷物に見えるものは身の回りにいろいろあるけれど、インクの中身や印刷の仕組みはよくわからない……と思ったみんなのために、まずは「インクはどうやってつくられるの?」という謎解きから始めてみましょう。
インクとはつまり「印刷できるようにした色の素材」のこと。吉勝制作所のお二人は、自然の中で色に出会うということから始め、その場所がどんな環境なのかを大切に考えながら印刷技術として研究する中で、今回の「駿河湾の海底泥インクづくり」に挑戦したというわけ。
そこで冊子づくりのお手伝いを始める前に、今回のインクがどのように作られたのか、吉田さんに簡単に教えてもらいました。
【駿河湾の海底泥インクができるまで】
採集(色に出会う)
↓
顔料化(水分と色素を分離)
↓
粉砕(細かくして印刷機械に適した粒度の顔料をつくる)
↓
インク製造(印刷物に定着させるメディウムと混ぜる)
↓
印刷
基本的にはこのような工程をたどって完成。吉田さんたちはこの作業を、特別な機械を使うことなく、できる限り家の台所でできるような方法で行っています。では少しずつ具体的に、順を追って見ていきましょう。
1. 顔料化:水の中の静かな沈澱競争(左)
まずは採集した泥から不純物を取り除き、泥の粒度をより分ける「水簸」という工程。水の入ったビーカーの中で「泥が沈む速さの違い」を利用して、使いたい粒度の泥に分けます。水簸はいろいろな自然素材から色づくりをしている吉田さんたちにとって日常的な作業です。
2. 粉砕:小麦粉よりも細かく!(右)
水簸してより分けた泥を専用の機械や乳鉢などでもっと細かく。最終的にインクになる泥の粒子は平均約2.5マイクロメートルなんだとか。小麦粉は小さいので約20マイクロメートルだから、比べればすごく細かいのがわかりますね。ちなみに1マイクロメートルは0.001ミリメートル。取扱い中はくしゃみ厳禁!
3. インク製造:顔料とメディウムと混ぜてインクへ変身(左)
印刷用インクには、紙に色を染み込ませる「染料」と、紙に色をくっ付ける「顔料」とあります。今回は顔料インクの方で、粉砕した泥の粒を植物性の油などでできたメディウム(糊)と練り合わせることで粘着性が生まれ、色が紙にくっ付くというわけ。これでひとまずインクが完成。
4. 製版:印刷内容のマスターピース(右)
ここからは印刷の工程へ。方法はいろいろあるけれど、泥のインクを使ったページは「凸版印刷」という方法で印刷されました。金属の版に印刷したい文字や写真などを凸凹であらわし、インクを塗って紙に押し付ける。もともと19世紀のヨーロッパで発明された古い技術です。
5. 網点:色の濃さは点の網で表現(左)
海底泥のインクが印刷された紙にルーペをあてると、たくさんの「点」が見えます。色が濃いところは点が密集していて、薄いところはまばらに。つまり色のグラデーションはこの点(網点)であらわされているのです。
6. 孔版印刷:本文ページにはお気に入りの印刷機を(右)
泥のインクを使わない本文などのページは「リソグラフ」という孔版印刷機が使われました。速くたくさん印刷できますが、しばしば紙が詰まっちゃったり、印刷もちょっとずつズレてしまいます。でもその「正確すぎない」機械のクセがお気に入りのポイントなのだとか。まるで版画のような「手づくり」の気配を感じさせる印刷機でした。
製本のお手伝い体験
さてここからが、みんなでお手伝いさせてもらった工程。当日は快晴につき工房を開け放って、作業台に印刷物を並べて準備完了。まずは本文ページを半分に折って、折り目に石を押しあててピタッと揃えていく。そうすることで、折り目がきれいな本の背になります。
上の写真は、印刷されたページを一枚ずつ順番に手に取って、1セットの束にしていく「丁合」という作業。ページは順番が大事だから、抜き忘れないように注意。ちなみに丁合の「丁」というのは「偶数」の意味で、偶数ページを順序通りに合わせていくから「丁合」といいます。みんなで作業台の周りをぐるぐる(笑)。
丁合した束を綴じ合わせて冊子にする「製本」という作業。今回登場したのは「BinderyMate(バインダリーメイト)」というかわいい名前のアメリカ製ステッチングマシーン。扱いが簡単でどこにでも置くことができる。足で踏むフットペダルと連動して、カシャンカシャンとワイヤーでステッチしていきました。
さらに、吉田さんからの提案で金属のリングにページを通して綴じる「リング製本」にも挑戦させてもらうことに。表紙と本文、裏表紙のほかに写真なども挟み、ページの順番を間違えないように全部通して、最後にエイッとレバーを下げればリングがぐるっと回って完成。
海の資源に開かれたつながり
こうして作られた冊子が完成。深海に行って泥を採集できてしまうJAMSTECの技術力と、海底の泥からインクをつくり出してしまう吉勝制作所の創造力。それらがつながることで生まれた1冊は、まさに海の資源が導いてくれた物語。みんなもぜひ、海の資源のいろいろな活用術を想像してみてくださいね!
ライター&撮影:及川壮也
『KR21-11 Report』
企画・監修:田口康大
デザイン:伊藤裕
編集・執筆:及川荘也(オイカワキカク)
協力:吉田勝信(吉勝制作所)
印刷・製本:今野印刷、吉勝制作所
インク・加工:吉勝制作所(Foraged Colors)
発行:一般社団法人3710Lab
Printed in Japan @3710lab2024
掲載写真著作権/Photo Copylight
特に記載のない場合著作権はすべて撮影者に帰属する。
本レポートは「KR21-11」の活動の総括として企画・制作されたものです。
吉勝制作所
採集・デザイン・超特殊印刷を主な領域として「素材調達」「作り方を考える」「プロトタイピング」「実装・製造」の4つを基本的な活動としている。JAMSTECによる2021年のプロジェクト「KR21-11」へ参加したときは海底泥のインクづくりのほかに、海底にアルファベットを描いてフォントを作るというミッションにも挑戦していた(こちらは現在も研究中)。https://www.ysdktnb.com/
JAMSTEC(ジャムステック)
正式名は「国立研究開発法人海洋研究開発機構」といって、1971年の設立以来、長年にわたって海洋科学技術の研究開発を通じ、地球のより良い未来に役立つ活動している。その50周年記念事業として、クリエイターたちを深海調査研究船に乗せたプロジェクト「KR21-11」が行われた。https://www.jamstec.go.jp/