インタビュー
2024.05.20
オポポフレンズvol.6ー喜界島に住む木村 泉さんと海への憧れ
海や海にまつわるものが大好きなオポポのともだち"オポポフレンズ"へのインタビュー企画。今回は鹿児島県の離島、喜界島で生活する木村泉さんにインタビュー。ある本との出会いをきっかけにカヤックやサップを楽しんでいる木村さん。昔は海が「怖かった」けど、今は毎日のように海へ出かけているそう。木村さんの海への想いはどのように変化していったのでしょうか?
|目次|
木村 泉ーきむら いずみ
福岡県出身。鹿児島県と沖縄県の真ん中あたりにある小さな島、喜界島(きかいじま)で看護師として働いている。カヤックやサップに親しみ、海と定期的な交わりを持つ自身の生活をつづった著書『ぷかり喜界島』(著者名:ぼんたろう)を2020年に出版。現在は、仕事をしながら海に関わる活動のかたわらで、趣味の料理を生かしてキッチンカーを営み、島の人たちと交流を深めている。
海に対する「怖さ」を感じていた時代
福岡県出身の木村さんは、子どもの頃からよく家族で海水浴にでかけていました。しかし小学校高学年の時、あることをきっかけに海に対する「怖さ」を抱くようになったといいます。
「スティーヴン・スピルバーグ監督の巨大な人喰いザメが出てくる映画 『ジョーズ』を観たんです。それ以来、海は何か得体の知れない生き物がひそんでいる場所だと頭にすりこまれていました。だから、積極的に海には行っていなかったんですよね。ただ、海が“気持ちいい場所”というのは体に感じていました。こんなきれいな海に近寄れずにいるのは、もったいないな、悔しいなっていう気持ちもありました。どこか憧れのような、もっと水と親しみたいという想いもあって、海は不思議な存在でした。」
木村さんを突き動かしたカヤックとの出会い
木村さんは20代の頃、友だちから突然「この本読んでみて。たぶん気にいるよ」と、野田知佑の 『北極海へ』というエッセイを渡されました。この本との出会いが、貪欲に海に行く理由となっていったのだとか。
「『北極海へ』は、1,700kmもの距離があるカナダのマッケンジー川から北極海まで、著者がカヤックに乗って3か月間キャンプをしながら下って行くというお話。ページをめくる度にワクワクしながら読みました。自分もカヤックに乗って旅をしたい、知らないところをこいで回りたい、という冒険心にかられたんですよね。それから1ヶ月もたたないうちにカヤックを買いました。今考えると本当に無謀だったけど、博多湾の中に浮かぶ能古島(のこのしま)へ渡ってソロキャンプをしたりしましたね。」
子どもの頃抱いていた海への恐怖心を、いつの間にか冒険心が上回っていきました。木村さんの海との関わりはここからさらに広がっていきます。
自然環境が色濃く残っている喜界島へ移住を決心
福岡を拠点に仕事をしながらカヤックでいろいろな場所を訪れていた木村さんですが、忙しい日々に疲れを感じ「息抜きがしたい」という想いに。そして、導かれるように訪れたのが喜界島。その後は屋久島や奄美大島での暮らしも体験しました。
「屋久島や奄美大島はどちらも自然豊かな場所だけど、私にとってはどこか観光地というイメージがあって。喜界島には自然環境が色濃く残っていて、自分にとってサイズ感もちょうど良かったので、移住することを決めました。」
鹿児島県の南西に位置し約6.5千人が暮らす喜界島は、サンゴ礁でできた島としても知られています。サンゴ礁の地盤が上昇し続けて隆起(りゅうき)している、世界的にも珍しい島です。木村さんは喜界島でもカヤックやサップを楽しんでいます。
喜界島での海との交わり
「沖から外洋(サンゴ礁の外側で陸地から離れた場所)へ出てみると、青い海の色が太陽の光の加減でより鮮やかになったり濃くなったりと、同じ場所であっても常に変化して見えます。色彩ゆたかな海をこいでいると、「うわっ!」「すごっ!」「めっちゃきれい!」とひとりごとを連発してしまいます。はたから見るとかなりうるさいやつでしょうね。(笑)」
“島っちゅ”たちに海の魅力を感じてほしいという想いに
喜界島で生まれ育った人のことを「島っちゅ」と呼びます。島っちゅたちは、幼い頃から外洋は危険だから出ないように、と言われていることが多いそう。島っちゅたちにとっての身近な海は、安全なサンゴ礁の内側をさしているのだといいます。島っちゅたちは、木村さんがカヤックで外洋へ行く姿を見て「大丈夫ですか?」「鮫はいませんか?」と心配して声をかけることもあるのだとか。
「どこの海に行っても危険性はあると思うんですよね。私にとってはとてもきれいで楽しい場所だけど、やはり危ない場所でもある。危ないから近寄らないんじゃなくて、何が危ないかっていうのを学ぶことで、危険度っていくらでも軽減できると思うんです。」
島の子どもたちが「サップやカヤックは観光客が楽しむもの」と言っているのを聞いた木村さん。あえて島の人たちに体験してみてほしいとの思いで、数年前から仲間のパドリングクラブをサポートしています。2023年からはキッズクラブも動き出しました。島の人たちにこそ、海の魅力を感じてもらえる取り組みを仲間と一緒に続けていくそうです。
海が怖いなら、一度海へ飛び込んでみよう
海では想定していないこともよく起こります。今まで穏やかだった海が急に荒れてきて、急変することも。何があっても対処できるように、日頃から海の変化を読んだり、荒れた海でパドリングのトレーニングなどをしていると教えてくれました。
「サップで荒れた外洋に出ると、最初は慣れた人でも緊張して体がすくみます。そんな時こそ、一度海に飛び込んでみることをおすすめします。そうすることで『なんだ、海に落ちてもなんともないや。落っこちた方が気持ち良いし』と、安心して余計な力が抜けます。」
木村さんは、まず子どもたちにライフジャケットを着て海に浮いてもらうそうです。すると、足の届かない場所で泳いだことのない子どもたちでも、体が浮いて安全なことがわかります。その後は子どもたちの方から「飛び込んでもいい?」「泳いでもいい?」と聞かれることがあるそうです。
「こうなってくると、子どもたちにいかに楽しんでもらうか、もっと海と仲良くなってもらうにはどうすればいいか、という新たな課題が見えて来るんですよね。」
海での不思議な体験が教えてくれたこと
30年以上カヤックを続けている木村さん。幼い頃怖かった海への気持ちは、どのように変化していったのでしょうか?ある不思議な体験を教えてくれました。
「10年ほど前、島周辺をカヤックでこいでいました。1階建ての屋根くらい高いうねりの中をこいでいると、左右をうねりにはさまれ、波の壁と空しか見えない状態になったんです。少し大げさですが、モーセが主人公の映画『十戒』の海が割れるシーンのような、不思議な感覚でした。でも、なぜか怖いとか不安な感覚はありませんでした。」
この体験が、いつの間にか自分の海への恐怖心が和らいでいたことに気が付くきっかけになったと笑顔で話してくれました。
荒れた海は自分を成長させてくれる
喜界島に暮らしはじめて7年目の木村さん(2024年5月現在)。看護師として働きながら海と関わるなかで、自分の変化を見つけたといいます。
「看護師として働いていると、平和な時もあれば、本当にバタバタしてしまうことも多いです。若い頃はひとつひとつの出来事にアップアップしていました。今は流されるというか、流れに乗るというか。海や大自然を相手にしていると、余裕が生まれてくるのかな。少し冷静になって、ふっと立ち止まることが徐々にできるようになっていると思います。」
海を怖いと感じる人は少なくないでしょう。何が起こるかわからない海だけど、木村さんのようにさまざまな表情を見せる海と関わることで、少しずつ海を知ることができるのかもしれません。怖い気持ちをなくすのではなく、その気持ちとじっくり向き合うことを教えてくれました。
最後に、木村さんにとって海はどのような存在なのか聞いてみました。
「今ではおだやかな海をこいでいると守られているような居心地の良さを感じます。荒れた海は、荒波を乗り越えていけと言わんばかりに自分を鼓舞(こぶ)してくれます。海は色々な体験を通じて私を成長させてくれる存在です。」
写真提供:木村 泉さん