インタビュー
2024.09.12
「海への窓口になりたい」ー田中隼人さんが語る”地球を支える小さな海の生物”の魅力
8月のはじめ、オポポ部は海を支える小さな生物「プランクトン」について学ぶため葛西臨海水族園へ!水族園で働きながら、動物分類学者として研究を行う田中隼人さんにインタビュー。プランクトンに興味を持ったきっかけや、小さな生物を観察する方法について、そしてどんな想いで海の生物のことを伝えているのか聞いてみました。
田中隼人(たなか はやと)
葛西臨海水族園の教育普及係として、子どもから大人まであらゆる人を対象に水生生物の解説を行う。カイミジンコ類(小さな甲殻類)の分類や進化を専門に研究。海や自然への窓口になることを目指して、地球上にいるたくさんの小さな生物をさまざまな方法で紹介している。2024年6月に発売された小学館の図鑑NEO POCKET『プランクトン』の指導・執筆を担当。
海についてもっと知りたい!
海についてまだまだ知らないことがたくさんある……これから楽しく学んでいきたい!ということで、日本各地のジュニアユースとともに活動をはじめたオポポ部。魚や海鳥など、海にいる生物全般に興味があるけれど、それらを支えているプランクトンについてはあまりよく知りません。もっとくわしく知りたい!ということで、葛西臨海水族園で働いている田中隼人さんのもとへ。プランクトンや海の生物のこと、水族園や田中さん自身のことについて聞いてみました。
(田中さんが葛西臨海水族園を案内してくれたようすはこちらの記事をチェック)
プランクトンとして生きる生物たちの魅力
Q1. 「プランクトン」ってどんな生物のことですか?
A. プランクトンは、水の流れにさからって泳げず水中をただよう生物のこと。小さい生物のイメージがあるかもしれないけど、大きいクラゲも泳ぐ力が弱いので、ふわふわ浮くプランクトンなんですよ。大きさが定義なのではなく、「プランクトン」という生き方があるんです。
Q2. 田中さんはどうしてプランクトンに興味を持ったのですか?
A. 子供のころ、河原の土手で生物をつかまえて遊んでいて、生物ならなんでも好きでした。だから生物学の研究をしたいと思って大学に入ったんです。でも、想像していた勉強とは少し違っていて。となりの地球科学の学科にも生物の研究をする先生がいました。その先生が研究していたのが、小さな生物の”カイミジンコ”。僕もだんだん興味を持っていきました。もともとプランクトンに特別興味があったわけではないですが、今はすごく楽しいと思っています。興味のあることを一つだけにしぼる必要はなくて、たとえそれがぼんやりしていても、そこからどんどん道が開いてくることもあると思います。
Q3. 今までいちばんおもしろい動きをしていたプランクトンは何ですか?
A. ゾウの鼻のような口で獲物を丸飲みして食べる、ゾウクラゲですかね。他の小さなプランクトンや、貝の仲間を食べます。すごくどうもうなハンターなんですよ!飼育がむずかしい生物なので、動いているすがたを見た時は感動しました。海の中でパタパタしながら、宙に浮いていたのが不思議でした。
Q4. 海にいるプランクトンは山と川とのつながりはありますか?
A. 森や川から流れてくる栄養分が海に流れて行くと、植物プランクトンが増えていきます。海には植物プランクトンを食べる動物プランクトンがいて、食物連鎖として山や川とつながっています。実は、流れの速い川や池にプランクトンはあまりいないんですよ。水の流れがあると、ふわふわただようことができないからです。ちなみに海では小さいころにプランクトンとして生活するカニの仲間が多いですが、川に生きているカニは生まれた時からカニとして生まれてくる種類もいます。
Q5. マイクロプラスチックも同じように海をただよっていると聞いたことがあります。プランクトンには影響を与えていますか?
A. プランクトンがマイクロプラスチックを食べてしまっているという例はあります。でも、それが何か悪いことをしているのかどうかはまだわかっていません。問題なのは、たとえばプラスチックに毒がくっついて、その毒も一緒に生物の体の中に取り込まれてしまうことですね。
Q6. 田中さんは動物学者として新しい生物を見つけて名前をつけることもあるそうですね。新種として発表されるまでにはどれくらいの時間がかかりますか?
A. ものにもよりますが、僕が研究しているカイミジンコだったら、見た瞬間にだいたいは判断できます。自分の頭の中に入ってる情報で、 これは〇〇の仲間で、新種だなっていうのがわかったりする。新種は、小さい生物だったらすぐに見つけられます。ただそれがわかってから、これまで知られているすべての種と形を比べて論文を発表します。これになかなか時間がかかります。論文が発表されてはじめて、その種が新種になるのです。
小さな生物を発見・観察するために
Q7. プランクトンのように、目に見えないほど小さな生物はどうやって観察するんですか?
A. 大きい動物プランクトンは目でも見えますが、小さいものや植物プランクトンを観察するためには、顕微鏡を使います。顕微鏡って、なにを見てもおもしろいですよ。この間、植物の葉っぱの裏側に多くある「気孔」を見てみました。教科書で見たことはあったけど、思いたって家でやってみたんですよ。よく”神のわざ”ともいうけど、本当に人間が作れないような構造が見れたのはおもしろかったですね。顕微鏡の使い方は図鑑NEO POCKET『プランクトン』でも紹介しているのでぜひ見てみてくださいね。
Q.8 自分でも生物を見てみたいです!顕微鏡のおすすめはありますか?
A. 顕微鏡は、安いのから高いのまでたくさんあります。大きく分けると2種類。生物顕微鏡は標本のようにプレパラートを使って見るもの。実体顕微鏡は虫眼鏡が大きくなったような、体の形をよく見ることができる顕微鏡です。僕は実体顕微鏡がおすすめですね。
具体的には、ニコンネイチャースコープ「ファーブルシリーズ」がおすすめ。コンパクトで持ち運びしやすいです。それを持って海でつかまえた生物を見てみたり、山に行って葉っぱのもようを見たりもできますよね。中古で2万円ぐらいで販売されているものでも、おもしろく観察できると思います。
Q.9 プランクトンは図鑑にするのがむずかしい生物だと聞きました。田中さんが指導・執筆した『プランクトン』はどのように制作したんですか?
A. たとえばエビの仲間や魚の仲間というグループがあれば、その専門家と一緒に図鑑を制作できるんです。でもプランクトンは”生き方”なので、魚も、エビも、ミジンコも、バクテリアのような小さな生物もいる。それぞれの専門家に聞いてみないとわからないことがあります。それを他の2人の指導・執筆者と分担して、約60名の知見を取りまとめました。改めてこの図鑑を見ると、本当にプランクトンってたくさんいるんだなぁと思いました。でも、海の中にはまだまだ見つかってない生物がたくさんいるんですよ。
小さい生物も人と同じように暮らしている
Q.10 この仕事をしていて良かったと思うことは何ですか?
A. 僕はもともと生物が好きなので、生物のおもしろいところ、好きなところを、いろんな人に感じてもらいたいなと思って仕事をしています。水族園ではさまざまな水槽をまわりながらお話をするガイドツアーをしています。その時に「おもしろかった!」とか、「それ知らなかったです」と言ってもらえるのが嬉しいですね。ガイドツアーは大体45分ですが、終わった後に「短かった、あっという間だった」と言われることもあります。さらにその先も自分で生物を探して調べたり、こういう仕事をしよう!と思ってくれるともっと嬉しいですね。
Q.11 田中さんにとって、水族館はどんな場所ですか?
A. 水族館って遊びに来る場所ですよね。デートに行ったり、友達と遊びに行ったり。きっと「魚のこと勉強しよう!」と思ってくる人ってそんなにいないんじゃないかな。気軽に行けるからこそ、誰にでも開かれている。でも実は奥行きが深い!という体験ができるように意識してやっています。これは私だけではなくて、水族園全体のコンセプトになっています。だから、できるだけ水槽の中でその生物が暮らしている環境を再現しているんですよね。こんな場所で暮らしているんだな〜とか、こんな暮らし方してるんだな〜とか、そういうことを水族館で考えてみてほしいですね。
Q.12 生物のお話を通して、特に何を知ってほしいと思っていますか?
A. 地球上には私たちがまだ知らない生物もたくさんいて、その生物たちも同じように暮らして生きている、ということを1番伝えたいですかね。私たちにとっては小さい生物も、 ちゃんと生きているということ。
僕は新種の生物を見つけて名前をつけたりすることもあります。生物にとっては名前をつけられなくても、暮らしていけるから全然関係のないことです。でも人間が名前をつけるのは、やっぱり知りたいからですよね。名前をつけてあげると、それがどんな生物かが認識できるようになる。そうやって名前をつけて、多くの生物がいるということも伝えたいです。きっと知らないうちに絶滅している生物もたくさんいますが、水族園はそういうことも知ってもらう扉になると思います。
でも、生物のマニアになってほしいわけではないんですよ。生物を見ておもしろいな、すごいなって感じたら、それを入り口に実際の自然に遊びに行ってほしい。水族園が自然への窓口になれたら、と思っています。
食物連鎖の基盤として、魚やその他の海の生物にとって欠かせない存在であるプランクトン。地球に生きる私たちもプランクトンによって支えられています。そのつながりを知るために、水族館で生きている生物を観察したり、図鑑を開いて自分のお気に入りの生物を見つけることも、楽しく海を学ぶための方法です。今回のインタビューを通して、ぐっと海に近づくことができたオポポ部でした。
協力:小学館図鑑NEO編集部
葛西臨海水族園
葛西臨海公園のなかにあり、500種を超える世界の海の生物や身近な水辺の環境と出会える水族館です。大きなクロマグロや、泳ぎまわるペンギンの姿などを見ることができます。海だけでなく、田んぼや池沼などの水辺環境で見られるカエルやイモリなど、さまざまな生物を展示。水族「館」にとどまらない、自然いっぱいの水族「園」を楽しむことができます。
住所:東京都江戸川区臨海町6-2-3
料金:大人700円 中学生250円(都内在学中学生と小学生以下は無料)